本日良ければすべて良しの精神
私が公認会計士を目指すまでは、自分が一体何になりたいのか、どう生きていきたいのか
分かりませんでした。
毎日に流され、家と職場の往復、土日は倒れたように寝て、
嫌々たまった洗濯ものを片付け、掃除をし、食事の買い出しをして、気が付いたら夕方。
そしてまた月曜日が始まる、という生活を送っていました。
これといった大きな夢はなく、猫との二人暮らしを楽しんでいました。
キャットタワーはしょっちゅう買い換えていましたし、かわいいデザインの爪とぎを買ったり、
おもちゃは派手に壊されては買い、を繰り返していました。
キャットフードもプレミアム仕様にして、ささみは茹でたものを毎日あげていました。
インテリアも好きで、観葉植物を育てたり、おしゃれなキッチン用品を揃えたりしていました。
自分と猫しかいないので、自分たちが居心地のよい空間になるように、給料のほとんどをつぎ込んでいました。それが、幸せでした。
このままではダメだと思ったきっかけ
ある時、会社のオーナーから「お前はどう生きていきたいのか。自分の足跡を残したいと思った事はないのか」と言われ「ハッ」とさせられました。
恥ずかしながら、私はそれまで、自分の将来について本気で考えた事がありませんでした。
そして、「このままではダメだ」と思うようになりました。
それからというもの、いろいろなセミナーに通い詰め、自分が何をしたいのか考え続けました。
そして、大型書店や都内で一番大きな図書館など、本がたくさんおいてある場所に毎週のように通っていました。たくさんの本に囲まれ、自分がいかに無知であるかを改めて思い知らされます。
本屋で自然に足が止まるコーナーは決まって「経営」分野でした。特に経営者になりたいということではなく、興味が沸いたものを手にとって読んでいました。そして、心に刺さった文章などはノートに書き留めていました。
また、仕事は経理を任されていたため、「経理マン」「会計リテラシー」関係の本なども読んでいました。「私は、経理を極めたいのだろうか」「この仕事を一生続けられるだろうか」と悩んでいました。
自分の食いぶちは、自分で稼ぐ
前職の職場は、主に国家資格を持っている方で構成されていました。
50代でも採用されることもあり、国家資格って一生食べていけるのだな、と感じていました。
私にはこれといった資格もなく、強みもない。私は短大卒で、学歴コンプレックスも抱えていました。
「女の子は、国立大学に行けるほどの頭の良さがなければ、短大で良い」という親の考えのもと、国立大学へ行ける頭がなかったので、短大へ通いました。親を否定するという事ではなく、私がただ、何も考えていなかっただけでした。そういう自分に嫌気がさしていました。
さらに、この先、どう環境が変化するか分からない、漠然とした不安と危機感すら覚えました。
そこで、自分の経理業務の延長で何か資格があるかと考えた時、公認会計士にたどり着きました。経理の仕事は、企業の過去の数値を財務諸表に落とし込む作業が中心となりますが、私は会計のプロとして、会社の将来の数値に目を向けた仕事をしたいと強く思うようになりました。
そして、公認会計士のキャリアの選択肢が広まってきている事を知り、非常に魅力的に感じました。
こうなったら行くところまで行くしかない。私には、もうこれしかない。
誰に何を言われようと、公認会計士になる。
表向きは穏やかでしたが、心の中は、熱く燃えていました。
このような経緯で、公認会計士を目指すこととなりました。
公認会計士を目指した理由を勉強仲間に聞いてみた
■学生の方
・親に言われたから
・暇だったから
・サラリーマンになりたくなかったから
・親を超えたいから
■社会人の方
・見返したい人がいる
・男性の多い職場が良いから(女性の方)
・サラリーマンが嫌で仕方ない
学生時代から公認会計士を目指す事は尊敬に値します。私が暇だったら、まずゲームやってますね。
貴重な青春時代を勉強に費やすのですから、相当な覚悟と強い意志がないと続かないと思います。
一方で、少数ではありますが、社会人の方もいました。
令和5年の公認会計士試験合格者1544人のうち、女性は345人(約22%)でした。公認会計士の業界は男性社会ですので、「男性の多い職場が良い」という理由で公認会計士を目指す女性も何人かいらっしゃいました。
令和5年の公認会計士試験合格者のうち、最高年齢は61歳とあります。本当にすごいですね!
何事にも、遅いということはありません。
いろいろ考え出すと、足踏みすることもあるかと思いますが、無鉄砲でも構わないと思います。
とりあえず、一歩踏み出すのです。
失敗しても、腐らなければ良いのです。
一度キリの人生、後悔しないように、思いっきりやってやりましょう!


